そこまでする必要はなかったかもしれないが、何となく屋敷の中だとシディルさんに聞かれてしまうのではないかと思ったのだ。
それにしても調査依頼か、ロンディさんの時を思い出すなぁ。理由が魔道具の発展のためだったり、こちらが弱みを握られてるっていうところも同じだし。違いは対象が俺じゃなくてロシェってところだけど。「さて、どうしようか。シディルさんも話した感じ友好的だし、断ってもロシェのことを言いふらしたりするような人ではなさそうだけど。調べられた結果ロシェ達に不利益な情報が広まる可能性もあるよな?」
『無いとは言い切れないでしょうね。私達を見つけるようなものが作れたりするのかもしれないし』 「そうだよなぁ。姿を消せる原理を知ろうとしているわけだし、それを応用すればそういうこともできそうだよな」 「そうですね。当然リスクはあると思います。ただ分からないところはこちらで悩んでも仕方ないですし、聞いてみれば良いのではないですか?」 「・・・そうだな。もう少し色々聞いてみてそれでも危険だと思ったら悪いけど断わろうか」結論が出たところで屋敷に戻り、シディルさんに先ほど話していたリスクについて聞いてみることにした。
「ふむ。ハイドキャットという種の優位性へのリスクのぅ。ハイドキャットの仲間がいるお主達からすれば当然の懸念じゃな。では、調査結果やその後の研究の成果は世間には公表しないということでどうじゃ?わしが個人的に研究する資料とするだけであれば、ハイドキャットたちに危険が及ぶこともなかろう」
「えっ?それでいいんですか?魔道具の発展のための研究なのでは?」 「もちろんできるのであればそうしたいところじゃが、それではお主達は納得せんじゃろう?それに一番の目的はわしの探求心を満たすためじゃからの。わしは今でこそ学園長なぞやっておるが、もともとは魔道具の研究者での。若い頃に解明できなかった姿隠の原理が未だに心残りで、今でも趣味で細々と研究を続けておったのじゃ。じゃからそれでお主達が納得してくれるのなら安いものよ」シディルさんは昔を懐かしむように自分の過去の話をしてくれた。
隣で聞いていたクレアさんは驚いたような納得したような表情をしている。カサネさんが一日講師を終えた翌日、フィレーナさんが学生達からの評価や感想を纏めたアンケート結果を持ってきた。 なお、現在俺達はフィレーナさんのお屋敷でお世話になっている。「あなたの講義、かなり好評だったわよ。カサネ先生を学園に勧誘して欲しいって嘆願書を出してきた生徒もいたくらい」 「うっ。そんな風に言って頂けるのは有難いですけれど、私は教師になるつもりはないので」 「そうでしょうね。まぁそれは分かってたから気にしないで。こちらで適当に処理しておくわ」フィレーナさんはそう言って自身で淹れてきた紅茶に口を付けた。 その話題に合わせて俺やロシェもそれぞれの感想を述べた。「確かにカサネさんが教師だって言われても違和感ないくらいしっかり授業してたもんな」 『そうね。他の人は分からないけれど、立派に教えられていたんじゃない?』 「えっ!?お二人も見てたんですか?」 「あぁ。見られてるのに気づいたら緊張するかもって、フィレーナさんが遠見の部屋っていうのに案内してくれてさ、そこで見学させて貰ってた」今になってそのことを知らされたカサネさんが恥ずかし気に頬を赤く染めた。「そ、そんな・・・わ、忘れて下さい。今すぐ!」 「いや、そんな無茶言われても。。それに別に恥ずかしがるようなことはなかったと思うけど」 「見られてたこと自体が恥ずかしいんです!うぅ、もういいです」カサネさんはプイっと顔を背けてしまった。拗ねてしまったようだ。「ふふっ。恥ずかしがるカサネちゃんも可愛いわね。やっぱり若い子達を見ているのは楽しいわ」 「・・・フィレーナさん、そういうことを言うのって歳・・・いえ、なんでもないです。ごめんなさい」カサネさんの反撃はフィレーナさんの一瞥で撃ち落とされてしまった。 怖い。やはり逆らってはいけない人だ。「さてと、こういうお話も楽しいけれど私もちゃんと報酬の話をしないとね」そう言うとフィレーネさんは表情を真剣なものに変え、パチンと指を鳴らした。 すると、足元に魔法陣が現れ前と同じよ
Side.カサネフィレーネさんとの交渉?で一日講師が決まった後、私は講師としてどういうことをすればよいのかを改めて確認した。 概要としては学園内の魔法練習場または街近くの魔物相手に実践的な戦い方のコツなどを教えればよいという話だった。 街の外は危険じゃないですか?と質問してみたが、対象の学生は二、三年目で、街近くの魔物くらいであれば問題はないらしい。あと外に出る場合はサポートの教員が一名同行してくれるとのこと。 単純な魔法の扱い方であれば練習場で十分かもしれないけれど、実践的なという話になると魔物相手の方が理解して貰いやすいとは思う。ということで、今回は街の外でお願いすることにした。 時間については最長で一日取っており、余った場合も復習などに充てるためあまり気にしなくて良いという話だった。 翌日は学園に赴いて教師の方々に軽く紹介して貰い、学生達のことや諸注意など基本的なことを教えて貰うことになった。 授業風景なども見せて貰い、魔法練習場で実際に魔法を使う学生の子達の姿も確認させて貰ったところ、攻撃魔法を主に教えているというだけあって学生とは思えないくらいにその魔法はしっかりしたものだった。(これは、少し内容を考えないとがっかりさせてしまいそうですね・・・)その様子から多少の応用程度の内容では、この子達は満足しないだろうと予想したカサネは、考えていた内容を上方修正する方向で再検討することにした。そして、いよいよ一日講師の当日がやってきた。 サポートの教師の先導で教室に入ると、がやがやとした生徒の声が静まり代わりにひそひそ声が聞こえてきた。「あれ?今日来るのって男の人じゃなかったっけ?」 「なんか病欠で急遽変わったらしいよ」 「マジかよ。それにしても超美人じゃないか?」 「だよな?だよな?」 「お姉さま・・・素敵・・・」何だか聞くべきでない呟きも聞こえた気がするが、おおむね学生らしい反応だった。「皆さん静かに。本日は予定していた特別講師の方が急遽病気で来れなくなってしまったため、学園長から推薦のあったこちらのカサネさんに特別講師としてお越し頂きま
俺達は遺跡で見つけたシースザイルさんの書物のことや、エルセルドの地下都市で見つけた魔法のことを話して、どうするべきか意見を求めた。 黙って話を聞いていたフィレーナさんは、俺達が話し終わった後もしばらく無言で俯いていたが、顔を上げると真剣な表情でカサネさんに聞いた。「一番良いのは二度とその魔法を使用しないことだけれど、そう言ったらあなたは素直に従ってくれる?」問われてカサネさんは一瞬反射的に答えかけ、深呼吸をした後に返事をした。「理由を聞いても良いですか?」 「まぁそうなるわよね。でも、一度使ったのならあなたにも分かったんじゃない?その魔法の危険性が。その時はただの失敗で済んだみたいだけれど、制御を誤ればどれだけの被害が出るか分からないわ。あなたのような優秀な魔導士が使えばなおさらね」 「失敗?でも、あの時魔法は発動してましたけど」フィレーナさんの発言に疑問を持った俺は思わず聞き返した。 先ほどその時の話もしていたのだが、フィレーナさんはその疑問にもあっさりと答えを返してきた。「それは呪文の残滓が発動の言葉に反応しただけよ。もし成功していたのなら、仮にそれで魔力がゼロになったとしてもその瞬間に術者が気絶するなんてことはないわ」つまりあの呪文は失敗した上で、その残滓だけであのような現象を引き起こしたということらしい。 もしあの時呪文が成功していればどのくらいの範囲が同じように消し飛んでいたのだろうか。考えるだけでも恐ろしかった。「だから理由は簡単よ。もしあなたがその魔法を正しく発動させた上でその制御を誤った場合、周囲数十キロ…いえ、あなたの今後の成長も考えればそれ以上の範囲が無に帰す可能性があるわ」そう語るフィレーナさんには冗談を言っているような雰囲気はなかった。 つまり十分に起こりえる可能性があると考えている。ということだ。 正直話が大きすぎて、俺には何とも言えなかった。 カサネさんは額に汗を滴らせながらも、真剣な表情でフィレーナさんに答えた。「その上で、この魔法を制御できるようになる方法を教えて欲しいとお願いしたら、フィレーナさんは教えてく
「いらっしゃい。謎解きは楽しんで貰えたかしら?前回と同じじゃつまらないと思って趣向を変えてみたんだけれど・・・今回は失敗だったわ。あなた達の驚く顔が見れなかったもの。やっぱりインパクトが大事よね」 「いや、今十分驚いていますけど。フィレーナさん、客にいつもこんなことしているんですか?」 「まさか。もちろん人は選んでいるわ。堅物な人にこんなことしたら、後々面倒なことになるもの」そういう意味で聞いたのではなかったのだが、この様子だと堅物ではない人にはこういうことをしているのかもしれない。 他人事じゃないがフィレーナさんに関わる人は大変だな。。『何でこう偉い人っていうのは変わってる人が多いのかしら』 「あら、ロシェッテちゃん、別に地位と人格には関連性なんてないと思うわよ?一般人にも変わった人は沢山いるもの。地位の高い人が少ないから相対的にそう見えるだけじゃないかしら?」 『それは地位が高い人に変わった人が居ることの否定にはならないと思うのだけれど・・・え?』ロシェのぼやきにもフィレーナさんは怒った様子もなく答えた。 ロシェもその答えに反論しようとして、あることに気づいた。 その反応で俺もようやくその違和感に気づく。「え?いま・・・」 「あぁ、ごめんなさい。偶々聞こえたからついね。一応弁明するとロシェッテちゃんの声が全部聞こえるわけではないの。これもおまけみたいなものよ」やっぱりロシェに対して返事をしていたのか。俺達には自然な会話だったから、ロシェが反応しなかったら気づかなかったかもしれない。「それってやっぱり、ロシェのことも分かってるってことですよね?」 「流石にね。もちろん誰にも漏らす気はないから安心して頂戴。っと、そろそろ本題に入りましょうか。態々ここに招待したのは万一にも他の人に話を聞かれないようにするためよ。そのほうが良かったでしょ?」言われて周りを確認すると一見普通の部屋のようだが、よく見れば出入りするための扉がどこにもなかった。「ここはどこなんですか?」 「秘密♪敢えて言うなら私の隠し部屋の一つってところね。用
あれから数日を掛けてパーセルに到着した。 装備や能力が強化されたこともあってか道中の敵は以前よりもかなり楽に対処できるようになっていた。 街に入ると、まずは近くの喫茶店で休憩しようという話になった。 注文を取りに来た店員さんに軽く軽食などを頼んで一息つく。「さて、着いたはいいけどどうしようか。まずはフィレーナさんに話を聞きたいところだけど、まだ午前中だし今は学園かな?」 「そうですね。以前は抜け出して魔法図書館に居たみたいですから、そこを見に行ってみても良いかもしれませんけど・・・」 「あら、また私に会いに来てくれたの?嬉しいわ♪」思わぬ返答に振り向くとそこにはパフェを美味しそうに食べるフィレーネさんがいた。カサネさんも同じように驚いた表情で彼女を見ている。(店に入った時には居なかったよな・・・離席していたとか?フィレーナさんのような人が居たら気づかないはずないし)ともあれ目的の人物の方から来てくれたのだ。探す手間が省けた。 俺より先にカサネさんの方が我に返り、フィレーネさんに挨拶をした。「フィレーナさん、おはようございます。またお会いできて嬉しいです」 「おはよう、カサネちゃん。久しぶりっていうほどでもないかしらね。今回はどうしたの?」 「実はまた相談に乗って欲しいことができまして、どこかでお時間頂けますか?」 「えぇ、構わないわよ。そうね・・・少し所用を済ませたいから、午後にまた私の家まで来てくれるかしら」 「分かりました。ありがとうございます」 「それじゃ、またあとで。良ければまた冒険のお話も聞かせて頂戴ね」話している間にパフェを食べ終えたフィレーナさんは、会計を済ませるとそのまま店を出て行った。「びっくりしたな。声を掛けられるまで全然気づかなかったよ」 「私もです。あの感じだとまた学園を抜け出してたんですかね?普段のフィレーナさんを知っているわけじゃないから判断に困るところですけど」 「まぁ、前回はカサネさんが図書館で話したのと、フィレーナさんの屋敷で遺跡や占いの話をした程度だったしな。それは仕方ないさ。・・・そう
宴は明け方近くまで続いたが、終わる頃には殆どの人がその場で寝転がっていた。 ギルド職員がサービスで用意してくれた軽食で朝食を済ませて、一息ついていると、ハクシンさん達三人が旅支度を済ませてこちらにやってきた。「もう出発されるんですか?」 「あぁ、俺はともかく二人は店を空けて来ちまってるからな。あんまりのんびりもしてられねえんだ。まぁ、向こうに着けば温泉で一休みもできるしな」 「あたいは温泉もしばらくお預けになりそうだけどねぇ」そう言ってヤミネラは残念そうに肩を落とした。 そういえばそうか。もちろん休業前に必要なことは済ませてきたのだろうが、 店の再開を待っている客もいるだろう。特にヤミネラさんのお店は大変そうだ。「色々とありがとうございました。フォレストサイドのダンジョンにはいずれ挑戦したいと思っているので、その時はまたよろしくお願いします」 「礼を言うのはこっちの方さね。歓迎してやるからいつでもおいで」 「世話になったね。疲れた時はまたバーセルドまで来ると良いよ。私も歓迎するからね」 「ありがとうございます」 「それじゃ、そろそろ行くか。そっちも元気でな」 「はい。皆さんもお元気で」そうして各々別れの挨拶を告げると、ハクシンさん達はヒシナリ港に向けて旅立っていった。 俺達の方は、折角だからと少し休憩を取り、村で昼食を取ってからパーセルへ向けて出発した。しばらくのんびりと馬車で街道を進んでいるとカサネさんがあることに気づいて口を開いた。「前はパーセルからヒシナリ港に向かう途中で、確かこのあたりでコクテンシンに襲われたんですよね。・・・あの時は逃げるのが精いっぱいだったのに、まさかたったひと月で再び相対して倒される場面に居合わせるなんて思っても見ませんでした」 「ハクシンさん達が切り札を用意していたっていうのもあるけど、色々かみ合った結果だったな。どれか一つでも足りてなかったら結果は変わっていた気がする」 『私もちょっと不思議な気分よ。強い人間がいるのは分かっていたつもりだったけれど、あの怪物を人間達が倒したっていう事実がまだ少しピンと来ないもの。